降誕前第5主日(2023年11月25日(日)10時30分~)礼拝案内

【礼拝案内】

日時:2023年11月26日(日)10:30~
降誕前第5主日礼拝
聖書:コリントの信徒への手紙Ⅰ 
10章23節~11章1節
み言葉の伝え:
「多くの人の益を求めて」
交読文:46
讃美歌:96番、321番
新聖歌:66番

*どなたでもご参加いただけます。

降誕前第6主日・幼児祝福礼拝御言葉の伝え

 『そして、子供たちを抱き上げ、手を置いて祝福された。』

マルコによる福音書 10章13節-16節

本日の聖書箇所冒頭十三節には『イエスに触れていただくために、人々が子供たちを連れて来た。弟子たちはこの人々を叱った』とあります。
 弟子たちは、人々が子どもたちを連れてきたのは、ご利益目的であったと判断しました。イエス・キリストの教えを聞き、福音を信じて救いの道を歩もうとして、また子供に歩んで欲しいと思ってではないと判断したのです。ですから、弟子たちは、そのような人たちを叱ったのです。
 十四節にあるように、イエス・キリストが憤られました。そして、それが弟子たちにとっては意外なことでした。どうして私たち、怒られるのだろうか? というような感じです。  
 弟子たちは、誰が一番偉いか、誰が、神の国に一番近いのだろうか、と考えていたのです。イエス・キリストの教えを聞きにきた人たちは、近い。子供のご利益を求めて子供を連れてきた人は、遠い。そして、もちろん、一番神の国に近いのは自分たちだ、と考えていた。
しかし、イエス・キリストは、子供たちを抱き上げ、手を置いて祝福された。それによって、弟子たちは一番自分たちが神の国に近いと思っていたのに、そうではなかったことを示される。そして、イエス・キリストがどうしてこのような言動をとったのか、後になってから弟子たちは理解するのです。
本日触れた「一番偉い者」の聖書箇所の前では、イエス・キリストは弟子たちに、「人の子は、人々の手に引き渡され、殺される。殺されて三日の後に復活する」と言われています。
 主イエス・キリストが十字架にかけられる前の晩、弟子たちはユダヤ人たちに捕えられてしまったイエスを見捨てて逃げ出します。ペトロは、人々に問い詰められて、三度もイエス・キリストとの関係を否定しています。イエス・キリストにもっとも近い、神の国にもっとも近いと思っていた弟子たちの思いは、粉々に打ち砕かれます。しかし、その弟子たちは、復活のイエス・キリストと再び出会うのです。そして、後になってから理解するのです。私たちも、あのときの子供だったのだ、と分かるのです。
弟子たちも、自分で弟子になったのではありません。イエス・キリストに招かれて弟子になったのです。連れられてきた子供たちと同じです。イエス・キリストが招いてくださり、神の国に入るものとしてくださった。
 一番遠いところから、イエス・キリストに招かれて一番近いところに呼び寄せられ、抱き上げられ、祝福された子供たちの姿こそ、他でもない自分たちの姿であったと、弟子たちは後からはっきりと理解するのです。
「子供のように神の国を受け入れる」というのは、純粋でもない、汚れ、黒くなってしまった私たちを、一番遠いところから、呼び寄せ、招いてくださったイエス・キリストを受け入れることです。そして、イエス・キリストに抱き上げられ、祝福された自分自身をも、受け入れることです。